参節


 
 私は自分が嫌いだ。
 躰一つとってもそうだ。
 背も伸びず、鍛えても力は付かず、そのくせ胸は邪魔に張りだす。
 月に一度はほとから血を流し、時に重い痛みに蹲ることもある。
 疎ましい。
 ただ、疎ましいだけだ。
 だから、実妹に懸想の念を持つ、あの男すら私は羨ましいと思う。
 そしてその思いは、自らの尤も厭な部分を露見させられる。
 妬み、嫉み、嫉妬。
 結局それは自らの躰に合った感情で、だからこそ嫌悪し、尤も疎ましいモノなのだ。
 この思いを抱えながら生きてゆくのは苦しい。
 だけれども、無様に悶え苦しむことすら私には出来ない。
 何故なら、それも嫌悪することだからだ。
 幼き時から武を仕込まれた心は、それらを受け入れられないのだ。
 そしてその”武の心”こそが、尤も疎ましい筈なのに、結局それ以外知らないから、それに縋る以外ない。
 何かに縋るその心理は、女、そのものでしかない。
 それに至り、生きることすらに、苦しみと疑問を感じる。
 いっそ死んでしまえれば。
 自害し果てればと思う。
 だけれども、それすらも武の心の前に、阻まれるのだ。
 結局私は、それに抗うことも出来ず、苦悶の裡でただ諾々と生きている。
 だから、私は自分が嫌いなのだ。


 一間ほどの板間に、その男は座していた。
 男は鋭利な顎に薄い唇と、猛禽類のような鋭い眸を持ち、長い髪を撫で付け、烏帽子を被った束帯姿で、その部屋の上座に座している。
 そして、その前には四人の異形の男達が並ぶ。
 一人は、丸々と太った小男で、その顔は下がった目と小さい唇、団子鼻がそのまあるい顔の中央に集まる感じである、それが設楽なく壁に凭れている。
 その左隣には、やけに顔が長い男がいた。
 その顔は、立派な二つに割れた顎に高い鼻、大きく睫毛の多い垂れた眸には色素の薄い、青味がかった黒目があり、その頭には、同じく色素の薄い髪が独特の癖で弛んでいる。
 その男はにやついた顔で、膝に片肘を着いていた。
 更にその男が座る左隣には、筋骨隆々の大男が座しており、その姿は浅黒い肌に四角い顔、四角い眸、強い髪は逆立ち、太い眉と端が一体になっている。
 そして、その三人から、一つ飛び出る感じで最後の男が座していた。
 全身を黒い衣で包み、指先すら黒手袋、黒手甲で覆い、爪先にも黒足袋を履き頭にも黒頭巾を被るその男は、唯一、その顔だけは闇を刳り貫いた様に、白く浮かんでいる。
 ただ、その顔は、禍々しい髑髏の仮面であった。
 この髑髏の男がちょうど差し向かいで、束帯姿の男と対している。
「燎の一党が伊賀に入ったか…」
 男は眉根に皺を寄せてそう言うと、視線を落とし何かを考えるような貌をした。
 その時である、音もなく部屋の戸を開け、山吹色の尊厳な法衣と袈裟を纏った、老僧が男達の前に現われたのは。
「なれば、信也様の必要な”駒”が揃ったことになりますな」
 老僧はそう言いながら、やはり音もなく部屋に入ると、束帯姿の男―――――戒道信也を見た。
 信也も老僧を見返して、「後は如何にその駒を動かすかですな、時雨殿」と返す。
 それに老僧―――――冥院時雨は息を吐きながら頷く。
「報せによれば、燎珪次郎という者、実妹に並々ならぬ熱心ぶりとか…」
「なるほど、それを絡め糸にと」
 時雨の言葉に合点がいったようにそう返す信也に、「左様で」と時雨は答えて笑んだ。
「これは、四性鬼に任せた方が良いだろうな、何より向こうには火具土もある」
 信也はそう言いながら顔を、異形の男達―――――四性鬼に向ける。
 火具土現るの報せは信也も知るところであった。
 曰く、二柱の無法者の駆りし鎧羅を、瞬く間に不可思議なる通力による、光にて屠ったとのこと。
 本来ならば眉唾であるが、四性鬼の存在を知る信也であるし何より、神帝、皇も秘匿した鎧羅である、さもありなんと考えるのが普通だろう。
 さすれば、畏れ警戒するのが常。
 だがしかし、信也は更にこう想うたのだ、それが”欲しい”と。
 そこで、燎の一党を懐中に引き込む策を、考ていたのである。
 信也は四性鬼の異形な顔をぐるりと見渡す。
「やはりここは、隠形鬼」
 髑髏の男―――――隠形鬼が無言のまま、信也のその言葉に頷く。    
「そして、回収役には風鬼が鎧羅を駆って行うのが良いだろう」
 信也のその言葉に、今度は隠形鬼の直ぐ後、顔の長い男―――――風鬼がひらひらと馬手を挙げて、「ダー」とわけの判らない言葉で答える。
 信也はそれを見ると、「水鬼と金鬼は暫し、この砦にて待機だ」そう残りの二人に言った。
 太った小男―――――水鬼は、設楽ない体制のままぐうとかあうとか、返事とも取れない声を上げる。
 それに対して、筋骨隆々の大男―――――金鬼は「御意に」と、水鬼とは対照的に、畏まった様に答えた。
 それに信也は、頷いて返す。
 そして、異形の鬼達は、信也を残し、己等の後にある板戸を開け、部屋から消えた。


 小さな櫓が、炎に消えようとしている。
 初夏の陽光とその炎が交じり融け合い、緋色の光を辺りに注ぐ。
 珪弥はただその光景を凝眸していた。
 その櫓の中央には、横たわった人影が見える。
 サヤがか拐された夜から、さらに一夜を超え、奈嘉背の遺体は火葬された。
 極めて簡素な葬送をし、季節柄、その遺体は早くも火葬にされたのだ。
 櫓がゆっくりと崩れてゆく。
 その櫓の周りには、朱芭乎岳をはじめとした男達や飯炊き女達、この砦に居る者たち凡てが、珪弥と同じくその光景をただ見ていた。
 その中には当然、雪奈の姿もある。
 木が崩れる音が響く。
 櫓は大きく崩れ、最早、裡にある奈嘉背の遺体を伺う事は出来ない。
 珪弥はその崩れる櫓に、青海時と蒼朔の姿を幻視し視線を外す。
 不意に、雪奈の顔が見えた。
 炎に照らされた雪奈は、哀しいとも、悔しいとも見えぬ不可思議な貌で凝眸している。
 珪弥は、彼女が何を思っているのか、ふっと気になった。

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