焔に彩られた櫓は、その裡に真っ白な少女を寝かせ、ゆっくりとその形を崩して行く。
 やがて、凡てが灰になり、少女もまた、白い灰と骨になった。
 珪弥はそれを、雪奈が父にそうしたように、木箱に積め蓋をする。
 その時、珪弥は小指の先程の、骨の欠片を二つ取って、片方を口の中に入れた。
 口の中に焔の香りが広がる。
 珪弥は瞼を閉じ、それを噛む。
 表面は陶器に似た硬さがあるが、直ぐに砕け、その中は酷く脆く、さくさくと音を立てて簡単に崩れ、砂状になった。
 珪弥はそれを、咽喉を鳴らして飲み込んだ。
 そして眸を開けると、掌にある、もう一つの骨を見る。
 その骨は、焼けた痕もなく、真珠の様に滑らかだった。


「使えぬ駒は、早々に処分するのが良かろう」
 信也はそう冷淡に言うと、馬手に座る時雨を見た。
「致し方ありませんな」
 時雨は、頷く様にそう言うと、腕を組んだ。
「まずは、金鬼によって陣内を落とし、逃げる者は水鬼で押し戻す。それでも抜けるならば、隠形鬼が迎えると言う手筈で如何でしょうかな?」
 信也は空を見上げそこまで滔々と語り、時雨に問う。
「鬼どもに頼る策ではありますが、適材適所、最小で最大の効果を得るのも確か、特に問題はございませんな」
 時雨は信也の問いのそう答え、組んだ腕を解き「ですが、一つ留めていただきたき言葉が御座います」と付け加えた。
「ほう、それは?」
 片眉を歪めて信也は、時雨の言葉に問う。
「はい、それはですな、如何に策を弄しようとも、どうしようもならぬモノもあると言うことです」
「どうしようもならぬモノ…だと?」
 時雨の答えに、信也は更に眉根を顰め、そう問うた。
「左様で御座います、如何に緻密に丹念に練り上げた策とて、それを凌駕する圧倒的な力には、如何ともし難いという事ですな」 
 信也の問いに、淡々とそう答え、時雨は瞼を閉じた。
 信也は「それは、火具土のことですかな?」と、時雨の答えに、身を乗り出して更にそう問う。
 信也のその問いに、時雨は瞼を閉じたまま頷く。
 そして、「杞憂に終わればよろしいのですが…」そう言った。


 乎岳は懊悩の面相で、足早に歩いていた。
 悩みの原因は、やはりサヤの死である。
 葬送の儀も終わり、悲惨な出来事とはいえ、一応は落ち着いた感が皆に流れていた。
 そうなると、一時は沈静化していた兵達も、再び進軍の声が高まっていたのだ。
 サヤが死に、枷も無くなった。
 当然と言えば当然である。
 だが、それを命じる、当の珪弥本人は未だ黙していた。
 あれだけの事があったのである、無理も無いわけだが、それでは兵達は治まらない。
 無理矢理にでも、ここで立ち上がってもらわなければ、造反も出かねない状態にまで追い詰められていた。
 補佐役として、立ち回らなければならない乎岳としては、頭を抱えるところである。
 そして今、乎岳は悩みながらも、珪弥のもとに向かっていた。
 珪弥に進軍の意を、呈するためである。
 だが乎岳は、未だ珪弥にどう言葉をかけるか、考えあぐねいていた。
 どう言えば良いものかと。
 しかし、結局答えは出ぬまま、乎岳は珪弥のもとに着いてしまった。
 珪弥は火具土の前に屈み、ただ佇んでいる。   
 脇から見える、珪弥の前には土まんじゅうの上に、石が三つほど乗ってるのが見えた。
 奈嘉背の時と同じく、この下にサヤの遺骸が埋まっているのだ。
「珪弥様」
 言葉が定まらぬまま、乎岳は珪弥のその背に向かい、名を呼んだ。
 珪弥はそれに応える様に、ゆっくりと立ち上がり、踵を返す。
 乎岳はその珪弥の貌に、思わずその身を引いた。
 何故なら、乎岳が見た珪弥の貌は、今まで見せたことも無いような貌だったからだ。
 少し窶れたそれは精悍さを感じさせる。
 そして、黒目がちの、大きめの眸には今まで見せたことも無い、炎の様な、漆黒の光りが揺らいでいた。
 それは、覚悟を決めたもの、所謂、腹を括った者特有の感じである。
 乎岳がその眸に圧倒され、言葉を失してると、珪弥がそれを察した様に馬手を挙げて言った。
「皆を集めてくれ、進軍の用意をさせる」
 と。

−22−