序にかえて 突如、爆音が新宿のビル街にこだました。 人々が振り返り、音の主を見る。白のボディーに朱を引いた、巨大なバイクだった。だが、それよりもその乗り 手である者の方に人々は凝視した。 それは鼻下まである薄緑色のチタン色の髑髏型のヘルメットに、爛々と輝く真紅の瞳、体もヘルメットと同じく チタン色。そしてその体から伸びる腕は、まるで黒い鉄の塊のようだ。 その異形ともいえる男が、人々の闊歩する街中を、爆音を唸らせながら、猛スピードで疾走する。 ふと、かん高いサイレンの音が響き、男の後からサイレンをけたたましく鳴らしたパトカーが列をなして男を追 うように疾走する。 その異様な光景に人々はただ凝視していた。 * 『人が、誰にも知られず一人ぼっちで、しかも、冷たい水の中死んでゆくのはどういう気分だろう?』 2月XX日 本郷猛 警部(二階級特進) ○○山、山中の小川の川下にて、死体にて発見。 『あいつはそれを最後に味わい、この世を去って逝った』 死因は、転倒時に後頭部強による、脳挫傷と判明。 『誰にも知られず、一人で、消えるように死んでいった、その最後の言葉も誰にも伝えずに』 医師の見解と備考:発見時には死後2日が経過していたものの、真冬の山中により、保存状態は非常に良好だった。 『・・・・・俺は許さない!あいつを殺した奴らも、あいつを無視し続けた上司も!!』 |
ゆっくりと彼女は歩む。 胸元に抱えた、初夏の花を墓石の前で分ける。香がひろがる。 花刺に、香をたたえた花を刺し、スッとひざまずく。 ゆっくりと、その黒目がちの大きな瞳をつぶる。 しばらくして、ゆっくり瞳を開け立ち上がり、墓地の出口に向きなおし、歩きだした。 一台の、白銀色の車が滑るように道を走る。 滝和哉は隣に座る双葉愛子をチラッと見ると、パワーウィンドを上げタバコに火をつけた。 薄灰色の煙が流れる。 「・・・・・なあ・・あいつは・・・本郷は、なんて言っていた?」 |
木々に囲まれるように、一軒の朽ち果てた工場がある。 もっとも、工場といっても、切り倒された木を一時的に保管するだけの小さなものだ。 しかも、使われなくなって長いらしく、もはや下に続くアスファルトの道も完全にひび割れ、草が茂り、原形を とどめてはいない。 半ば廃屋と化した、その工場の前に一人の男がいた。 彼はおもむろに着ていた、大きな皮のライダースジャンパーを脱ぎ、小脇に停めた白いバイクの後部ポケットに 押し込むと、かわりに、そのポケットから薄緑のチタン色に輝く、まあるい金属製の《マスク》をすっぽりと被っ た。 その仮面は、真紅の巨大な双眸が光る、髑髏の様だった。 |
暗闇へと消える髑髏男を追い、滝等、機動隊も廃屋の中に入って行く。 突入した隊員達が中を照らし出しす。 しかし、髑髏男の姿はすでに無かった。 滝は、急く己の心を押さえながら、銃を握っていた。 |
茶緑の塊がゆっくりと身を起こす。 バッと、両手を広げる様に振り上げたその先には、巨大な鎌が付いていた。 |
見えぬ敵にさいなまれ、滝の心音は早鐘の様に鳴り、脳が痺れるほどの悪寒が背を走っていた。 残された三人の隊員達は、振るえる手に、黒い散弾銃を持ち、天井を見据える。 しかし、その姿は見えない。 音も無く、姿さえも無く、突如現われる衝撃。 死へと直結する恐怖。 ゆっくりと、ゆっくりと近付くのがわかる。 心音を押さえつける。 フッと空気が揺らぐ。 隊員が一人視界から消えた。 滝が天井を見上げると、藍色の影がすぐ横に降った。 消えた隊員だ。 首があらぬ方向に曲げられた、無残な死体。 残された二人の隊員は、動揺で硬直している。 滝本人も動揺は隠せない。 心音はおさまるも、変わりにじっとりと冷や汗が背と手を湿らせ、後頭部が痺れて眩暈に似た感覚が襲う。 瞬きをし、ごくりと喉を鳴らして唾を飲み込んだ滝の背に、ゆらりと透明な何かが降りて来た。 ヌウと、降りて来た透明なそれが、気づかぬ滝の背に触れたその時、突然何かに突き飛ばされ、滝の頭の上を 飛んで、壁に叩き付けられた。 滝が振り返ると、そこには髑髏マスクの男がいた。 |
緩やかに下る白い廊下を、髑髏男の後につき、降る。 怖気を誘うほどの静寂。 病的なほどに真白な空間。 さらに、奥に行くにつれて深まる殺気。 それは鋭利な刃物と言うよりは、重たい砂袋でゆっくりと、押し潰されてゆく様な感じだ。 前を行く髑髏男に向けられたモノだろうが、ネットリとしつこい。 だが、そんな明確な殺気を感じるものの、廊下には自等以外は誰もいない。 なぜか、冷えきった廊下の中で、じっとりと汗をかいていた。 |